「ポロト湖」と聞いてもピンとこなかった。一体どこにあるのだろう。「白老町」は聞いたことはあったが、場所は定かではない。土地勘のない私にはずいぶんと遠い場所のような気がした。
界ブランドの19番目の温泉旅館「界 ポロト」を訪れたのは春の気配が漂いはじめた3月初旬。北海道の空の玄関口、新千歳空港から電車を乗り継いだ。
新千歳空港から快速エアポートで3分の南千歳へ。そこから特急北斗に乗り換えて30分ほど。車窓を眺めていたらあっという間に着いてしまった。駅からはタクシーで5分くらいだろうか。北海道は広大で時間がかかるイメージがあったから、拍子抜けしてしまうくらいの近さに驚いた。
まるで異次元。三角屋根のとんがり湯小屋
まるで白樺の森に迷い込んだかのような幻想的な内装。
とんがり屋根の湯小屋はおとぎ話に出てくるお菓子でできた小屋みたいにかわいらしい。窓から見えるポロト湖の湖水を引き込んだ池では白鷺が小魚をつついている。
宿のコンセプトは「ポロト湖の懐にひたる、とんがり湯小屋の宿」である。「とんがり湯小屋」とは大浴場の「△湯(さんかくの湯)」のこと。
内部はトドマツの丸太が三角形を形作っているが、純粋な三角錐ではない。上部にひねりが加えられている。
これは「ケトゥンニ構造」といわれる、北海道の先住民族であるアイヌ民族の人たちが用いる屋根の建築構造だという。
幾何学的なのだけれど、だまし絵を見ているような不思議な感覚にとらわれる。建築には詳しくない私でも、「一体どうやってつくったのかな?」としばらく頭上を見上げていたくなる面白い空間だった。
浴場の中も不規則な形状である。三角をベースにしながらもただの三角形ではない。こんな風呂は見たことがない。建築家は中村拓志氏(NAP建築設計事務所)。隈研吾建築都市設計事務所に在籍後に独立し、数々の建築賞を受賞して注目される気鋭の若手建築家である。界ブランドでは始めての起用となる。
中村評として、ネットでは「手掛けた作品はどれも強烈な印象を残す一方で、一つとして同じテイストを持たない」というのを見た。本人の作品ですらテイストが違うのであれば、私が「見たことがない浴室」だと感じるのも当然である。
温泉は茶褐色のモール温泉。何万年もの昔の植物が腐食質となって地下水に溶け込んだ植物由来の温泉。まず泉質がすばらしいわけだが、建築の面白さと雄大な自然美のミックスにノックアウトされた。3月初めはまだ凍った湖の上に厚い雪が覆っていて、湖というよりは真っ白い雪原を眺めているようで、自然と心持ちもゆったりとしてくる。
全室レイクビューの客室でくつろぐ
客室はすべてポロト湖に面したレイクビューだ。「□(しかく)の間」と名付けられたご当地部屋はアイヌ民族の人たちが使う「木彫りのオール」のオブジェや、壁紙やクッションにアイヌ文様を施すなど、アイヌ文化がちりばめられている。
ソファの前に置かれたテーブルはアイヌ民族の人たちが住む住宅「チセ」の中で四角い囲炉裏を囲むイメージ。暗くなるとほのかな灯りが浮かび上がる。
泊まった客室には露天風呂がついていた。客室でも茶褐色のモール温泉が楽しめる。植物の腐植質に含まれるフミン酸、フルボ酸は皮膚によい成分で、この湯には美肌効果もありそうだ。
客室にはアイヌ民族の人たちが日常飲んでいる、シソ科のナギナタコウジュ、アイヌ語で「エント」といわれる薬草茶が用意されている。発汗、利尿作用があるので、このお茶を飲んで湯浴みをすればめぐりがよくなる。
スタッフによる学びの講座「温泉いろは」は温泉の由来や正しい入浴法を伝授してくれるし、朝の「現代湯治体操」に参加すれば、凝り固まった体もすっかりほぐれる。
色鮮やかで楽しい料理を味わう
してやられた、と思った。まさか、先付けにクマが出てくるとは!
それも市販のクマの置物ではなく、白老町に住む陶芸家につくってもらったものだという。
会席料理といえば、先付けや前菜にはじまり、お造り、八寸などと続いていくが、この宿では形式ばった会席料理のルールを打ち破って、「宝楽盛り」の器にはお造りと八寸、酢の物などが賑々しく並び、自由な発想で提供している。舟の形はアイヌ民族の人たちが交易の際に使っていた丸木舟がモチーフである。
魚料理はキンキの酒蒸し、肉料理は白老牛の陶板蒸し焼き。
ここまででもう十分、堪能できるのであるが、鍋でまたうなる。
北海道ならではの毛蟹は、魚介を煮込んで裏ごしした濃厚なブイヤベースでいただく。
毛蟹と帆立貝を平らげた後には、十勝産のチーズを回し入れて、ぐっと濃厚な雑炊ができあがる。お腹いっぱいなのに、最後の一滴まで舐めてしまいたくなるおいしさに脱帽。
冬の蟹鍋を売りにしている地域は結構あるが、アレンジされた洋風の蟹鍋はあまり見たことがない。建物も料理も新感覚。常識を取っ払った温泉旅館なのである。
ご当地楽は「魔除けづくり」
界 ポロトのご当地楽は、アイヌ民族が悪いものを祓うため身につける植物「イケマ」を使った「イケマと花香の魔除けづくり」。
「イケマ」とはアイヌ語で「それ(神)の足」。ガガイモ科のつる性の多年草で、アイヌ民族の人たちはこの植物に偉大な霊力が宿ると信じ、肌着に縫い付けたり、紐を通して首からぶら下げたりしているのだそう。
スタッフの指導にしたがって紙を折り、中にイケマとカレンデュラやバタフライピーなど色とりどりのドライフラワーを閉じ込めて、六角形の魔除けをつくった。
すべてのものに神が宿ると信じ、植物の力を暮らしに取り入れるアイヌ民族の知恵にふれる時間をもつと、アイヌ文化がぐっと身近になる。
帰りに隣にある「ウポポイ」(民族共生象徴空間)へと立ち寄れば、アイヌ民族の文化についてより深く学ぶことができる。自然とアイヌ文化にふれる、これまでにない学びの旅ができることだろう。
界 ポロト
北海道白老郡白老町若草町1-1018-94
0570-073-011(界予約センター)
客室数:全42室
料金:1泊2万8000円〜